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アフガニスタンの業者が、輸出増加を期待

2007年12月16日(BBC News)

「私が世界の人に期待するのは、魚を獲る方法を教えてもらうことで、魚をもらうことではありません。」と鬚を生やした80歳のKhal Mohammadは語った。

彼は国際見本市のために最近インドの首都デリーをたずねた、40人のアフガニスタン人業者の最長老である。

Khal Mohammadはアフガニスタンの絨毯業界ではよく知られており、終わりのない戦争の背景で、この商売を30年近く続けている。

「戦火が激しい間は、売った絨毯の数は少なくなりましたが、私は決してアフガニスタンを去りませんでした。」と彼は誇らしげに言う。

いまやMohammad氏は世界中を回って、母国のより良い将来のために道を開こうとしている。

「私はアフガニスタン絨毯を、世界中の人に見せ、私たちの技術を紹介して商売の可能性を見つけたいのです。買われた絨毯のひとつによって、アフガニスタンの一家族が生きていけるのです。」と絹のような白いひげをなでながら彼は語る。

忘れられたシルクロード

何世紀もの昔、アフガニスタンは貴重な品を西洋に運んだ古代の貿易路の一部であった。

今、国際的な市場を作り出すのは小さな企業にとっては難しい、それは国が陸に囲まれているためにその問題を生じている。

「アフガニスタンでは一月に約15万枚の絨毯が生産されています。しかし、それらは『パキスタン製』として売られているのです。切断と洗浄のための最終工程がそこで行われるからです。」と絨毯を織る職人Mohammad Nabi Saifiは言う。

「すべての作業を国内で済ませるための機械がアフガニスタンにはありません。だから自分たちのブランドイメージを取り損なっているのです。」と彼は付け加えた。

ドライフルーツを扱うSaid Zahirも、アフガニスタンの業者は不利であると語る。

「アフガニスタンのドライフルーツの味と品質は、化学薬品を使わないので他のものと比べものにならないくらい素晴らしいものです。」

「しかし、競争相手は多い。中国がトップで、イランとトルコがそれに続きます。彼らは生産したものを確実に輸出できます。我々にはできないうらやましいことです。」とZahir氏は語る。

新しいプラットホーム

そこで、国際見本市は今やアフガニスタンの業者にとって、新たな機会を見つける重要な方法となっている。

デリーで展示されたアフガニスタンの商品は、エキゾチックなマスクメロンや朱色のザクロからアンティークのラピス宝石や手製の刺繍まで幅広い。

Kabul House CompanyのZaheer Ahmedは、見本市の客はアフガニスタン文化に魅了されていたと語る

「彼らはアフガニスタン農村地域の人々の衣服に興味をそそられています。そしてどうやってそんなに重い服を着ることができるのか不思議に思います。それらの衣服の多くは、10キロから12キロの重さがあるのです。だから我々は、いかにアフガニスタンの人々が強くて力持ちであるかを彼らに話します。」

しかし、伝統の中に、新しい文化のトレンドが落ち着いている。

女性の起業家

カブールの路上の最新のトレンドは美容院である。しかし、そこのサービスに誰もが感心しているわけではない。

「カブールの人々はかつて非常にお洒落でした。」とアフガニスタン美容師手仕事組合のディレクターであるBelqis Basher Dostは言う。

「でも、今では流行を真似しています。例えば、メークアップを多く使う現在流行中のアラブスタイルのように。アフガニスタンの女性はアラブ女性のカタログを見て、同じ姿に見られようとするのです。」

美容院でアフガニスタン人女性はチップ以外に月に400ドルの収入を得ることができる。これは典型的な政府職員の収入の10倍である。

収入はあっても、女性の生活は依然限定されている。例えば、女性が一人で通勤しているのを見ることはまれである。

「ほとんどの家庭は、女性が外に出て働くことを許しません。」と未亡人の絨毯織りであるFawzia Hashimaは言う。

「ですから、絨毯織は家で座って収入を得られるので、いい選択肢になります。」

Hashima夫人は家族で唯一の稼ぎ手であり、5人の子供を育てなければならない。

彼女は作った品を売りにパルワン州のバグラムに行くことがよくある。

しかし、この旅は夜の早い時間に出発するのだが、心配なものである。

「私の品はバグラムのバザールでとても人気があります。でも、女性としてそこまで行くのは難しいのです。一人で旅をしていることで、尋問されたこともあるし、脅されたことさえあります。」

「人生は常に挑戦です。」と彼女はほほ笑みながら言う。「勝つか負けるかです。」